

全滅…。そんなことにならないに越したことはありませんが、万がー、予定した学校に全滅した場合どうしたらいいのか、当初の受験予定校にみな失敗したときの対処法をここでアドバイスしておきます。いまのうちに記憶の片隅に入れておきましょう。まずあきらめないことが肝心です。万が一予定していた前半戦の受験日程の最後まできても1校も合格を確保できていなかった場合には、本人は無論、保護者も疲れきっていることが多いものです。だがここであきらめてしまってはこれまでの努力が無駄になります。気力を振り絞っで大学受験し続けましょう。そして、後半戦の場合は、試験当日の朝でも受け付ける学校が多いのでも受験料と写真を持参すれば受験できることを知っておきましょう。そのためにも写真は多めに焼いておくといいでしょう。
子どもを「できる子」と「できない子」に分けて差別するやり方、競争心をあおって勉強させるやり方は、はたして本当に創造力のある、「社会に出てからも役に立つ」人間を育てているであろうか。私には、はなはだ疑問である。敗戦後まもなく日本の教育界に定着した平等主義をここで持ち出すつもりはない。教育を受ける権利は皆に平等に与えられなければいけないが、それぞれ能力の違う人間に、すべて同じようなことを教えるのは、現実としては不可能なことは明らかである。学校というブラックボックスに入る時は皆平等だが、出てくる時はそれぞれ違った教育レベルの人間になっていることを知らなくてはならない。つまり、結果は平等ではない(たぶん能力差が関係すると思われる)ことを、もっと多くの人々は認めるべきだろう。しかし、結果は不平等だとしても、すべての子どもに平等に、「学ぶことは楽しいこと」だと伝えることは、学校だけでなく個別指導塾でも可能なはずである。
「バイリンガル教育」などというと聞こえはいいが、それが目標とする能力はきわめてあやふやなものである。もちろん、国際結婚の夫婦の子供などに、違う言語を器用に使い分ける子供はいる。だが、その能力は、その家庭の言語習慣やその子を取り巻く言語状況など、じつにさまざまな要件がからみ合って生まれた偶然の産物なのだ。しかも、その子供が成人するまでその能力を維持しつづけ、それそれにおいて母語話者に引けをとらぬ言語活動を行なうという保証はどこにもない。一方、子供をバイリンガルにしようと思って、日本語と英語の両言語で教育しつづけた結果、子供が失語症になってしまったという実例もある。カズオイシダロのように、両親ともに純粋な日本語話者でありながら、イギリスという圧倒的な英語環境のなかで育った結果、両親の努力の甲斐なく、日本語学習を嫌がって完全な英語の母語話者になってしまった人もいる。
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